桑の実

桑の実に染まりし指の記憶かな


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子供の頃、近所には桑畑が広がっていた。梅雨明けの頃になると、風の中に甘く熟した果実の香が混じって流れてくる。母親から、あれは食べられないと聞かされていたので、いつも息を止めるような感じで木の脇を潜り抜けていた。ある日、一人の男の子がその実をもぎとって食べているのを見た。ちょっと陰気な感じで友達の少ない子だった。「それ、食べないほうがいいよ。」と言うと、びっくりした顔で走り去ってしまった。
翌朝、その子は青紫色に腫れあがった唇で学校に来ていた。わたしは、心臓が止まりそうになった。悪い病気で死ぬのではと思った。先生が、「お前すごい顔になったなあ、どどめなんか食べるからだぞ。」と言うと、ぺろりと舌を出した。その舌も青みがかっていた。「どどめ」という俗称も不気味に思えた。

ある年、夫がどこからか桑の実を摘んでできて、ジャムを作ると言ったときにはドキリとした。採取した実をざっと洗ってから、一粒一粒軸を鋏で切り落とすのだが、これがけっこう手間のいる作業なのだ。鍋に入れてグラニュー糖をまぶしてしばらく置くと全体が色づいてくる。木じゃくしでゆっくり混ぜながら煮ていると、キッチンには甘い香が立ち込める。仕上げにペクチンを入れると木じゃくしが急に重く感じられどろりと固まった。できあがったジャムをひとさじすくってなめてみると、わずかな酸味と上品な甘さが広がった。
それは子供の頃に見た、悪い夢のようなイメージとは遠くかけはなれたものだった。

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百万の蛙に闇を奪はるる

今年は例年になく、蛙の声がにぎやかだ。闇の中から沸きあがる大合唱に眠りを妨げられるほどだ。
昨夜のバラエティ番組で、世界中の蛙の声を採取し、「かえるのうた」を歌わせるという馬鹿馬鹿しい企画をやっていた。しかし女芸人達が必死の形相で蛙にマイクを突き出している姿が涙ぐましくて、結局最後まで見てしまった。採取しやすいのは「ファ」最後まで苦戦していたのが「ド」なんとか5音を集めて、メロディらしきものにはなったが、期待してたほどのデキではなかった。
今年は「国際蛙年」だという。蛙の声が、人間の愚かさをあざ笑っているように聞こえるのは気のせいか。

(これは庭に遊びに来ていた雨蛙)

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初夏

初夏のみずいろの風存分に

先月、女ばかり4人で北軽井沢に遊んだ。
友人の会社で契約しているリゾートホテルなので、すべてお任せの気楽さ。軽井沢駅に集合して迎えのバスを待つ。むせかえるような緑の中に、シックなホテルが現われた。ロビーには大きな暖炉が置かれ、ヨーロッパに居るような気分だ。チェックインを済ませてから、中庭から客室に続く長い通路を歩く。木漏れ日が足元に踊っている。木立の中にわずかに見える、山つつじの朱が美しい。

解き放たれた夏蝶のように女4人の足取りは軽い。

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十字草

十字草傷舐める癖かなしけれ

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俳句は好き。でも俳句をとりまく環境が嫌い。それで時々、俳句から離れたくなる。でもやっぱり戻ってくる。もう何十年もその繰り返し・・・
でもこの間、NHKT・Vで芭蕉の特集を見て、かちっとスイッチが入った。なぜ俳句を選んだのかという基本的なことに気づかされたというか・・・今日からまたぽちぽち、アップしていこう。
でも、写真がないな~・・・あ!これでいいや。子供の頃から好きだった白い花。十字草(どくだみ)


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春鴨

春鴨を見続けているだけの午後


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ようやく花粉症から開放され、ちょっと遠出がしたくなった。目指すは、あこがれのボタニックガーデン。
実は先週、はじめて家族で訪れたのだが、夫があまり興味を示さずさっと見たのが心残りで、いつか一人でのんびり歩いてみたいと思っていたのだ。でもまさかこんなに早くとはね・・・
百花繚乱の花壇を過ぎて、まっすぐに庭の中央へ進む。大きなしだれ柳。これが見たかったのだ。岸辺に黄色のリュウキンカが咲き、池には睡蓮の葉が浮かんでいる。イギリスの庭園を模したものらしいが、なつかしい思いになるのはなぜだろう。
赤い煉瓦の橋を渡ると、岸辺には二羽の鴨がのんびり日向ぼっこをしていた。わたしが近づいても身じろぎもせず、やがて羽づくろいをはじめた。もう会話のいらなくなった、熟年の夫婦にも見える。

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花の宴

うす青き桜を見上げ居たるかな

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花見句会の会場は高崎公園の桜の下。青いビニールシートが敷かれて、すでにメンバーが数名が集まっていた。ひろそ火俳句会のメンバーは、いずれも酒豪揃い。座の中央には、「越乃寒梅」の一升瓶がすっくと立っている。挨拶もそぞろに、紙コップが手渡される。花冷えに震え上がりそうな体に、お酒がすっとしみこんでくる。
公園には明るい花々が溢れ、時々噴水が噴き上げている。群れ遊ぶ鳩達・・句材が多すぎてまとまらない。

ちょっと酔い覚ましにコーヒーでも飲もうかと、公園の脇道を歩いていたら、ちょっとおしゃれな店があった。しかしコーヒー屋さんではなく、ジャズが流れている居酒屋さんだった。カウンターに座って、「緑川」をお燗にしてもらう。かごに盛られたさまざまなぐい飲みから、お好きなものをと言うので赤い切子を選ぶ。一人で飲んでいるのももったいなくなって、陶句郎さんに電話をすると6名も集まってきた。「いいお店ですねえ。ここでミニ句会をやりましょう。」という流れになり、短冊に3句ほど書いて回した。
ここから、わたしの記憶は切れ切れになっている。
本句会の会場は、呉服屋さんのお座敷だったのだが、どうやって歩いて行ったのか思い出せない。気がつくとロビーのソファで仮眠していて、肩には羽織がかけられていた。オーナーさんの配慮だったようだ。座敷に戻ると句会は終わっている。中座して帰ってこなかったらしい。みんなが心配してくれたが、ひどくバツが悪かった。

かつては蔵元の舟口から、しぼりたての酒を飲んでいたこの私が、あれしきで酔ってしまうなんてショック・・・
桜には魔物が棲んでいるとしか思えない。


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水芭蕉

水芭蕉神々の息深きかな

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ほの暗い林の中の木道に沿うように、白い花群れが見える。まるで、天から舞い降りて羽を休めている水鳥のようだ。見つめていると、あたりの音はすべて消えて去ってしまう。

昨年の初夏、カタクリが自生する場所があるときいて、この木道を歩いていたことがあった。すると目の前の湿地の中にうごめく人影がある。灰色の作業着を着た初老の男性が、泥にまみれながら水芭蕉の苗を植え替えているのだった。仕事を辞めてから、ボランティアで世話をしているのだという。たった一人で黙々と作業を続けていた姿は、敬虔な使徒のようにも見えた。

夢見るように、水芭蕉が咲いている。

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木の椅子

木の椅子に春の時間のありにけり

昨日は句会。会場となった高崎哲学堂は、群馬交響楽団の創始者であり、ブルーノ・タウトの庇護者としても有名な、故井上房一郎氏の旧邸。設計は、帝国ホテルをはじめ数々の日本の近代建築を手がけた、アントニー・レイモンドの手によるもの。現在は「高崎哲学堂」として市民に公開されている。ビルの谷間に残された聖地のような庭に白梅がひっそりと咲いていた。

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平屋の木造建築は、中庭を挟んで左右に居間や和室が配置されている。柱筋が外壁とずらされた大胆でモダンな設計だ。重厚な木と障子の白が上品な空間を生み出している。レーモンド・スタイルを偲ぶ貴重な場所だ。


◎しだり雑詠5句
春昼や山鳩の声切れ切れに
白梅の散るだけ散るを見てをりぬ
ドアノブに3秒触れて春惜しむ
命(めい)受けしごと一本の欅立つ
三月の空と破壊と再生と


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仏の座

咲き満ちてさびしきものに仏の座 

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「仏の座」といえば、春の野道にひっそりと咲いてるイメージだったが、今年はどういうわけか見事な群生を見る。温暖化のせいなのか、「仏の座」そのものが強くなったのかさだかではない。ラベンダーにも似た青みがかったピンクがちょっとアンニュイで好きだったのに・・・群生はれんげにまかせてほしい。


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春キャベツ

さみどりの衣を重ね春キャベツ 

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ご近所のおじいちゃんが家庭菜園で育てたというキャベツが届いた。上の葉が虫に食われて穴がぽつぽつ開いているのもほほえましい。ここ数日間、祖母ログの取材ラッシュとコメントのレス書きでへとへとのわたしは、ふんわりとやさしい春の色に癒されるのだった。ああ、久しぶりに俳句ができた。

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落語会

噺家の羽織するりと脱ぎて春 

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ながめ余興場は、昭和初期に建造された花道と回り舞台のある小屋。とにかく雰囲気がいい。今日は小遊三、楽太郎という売れっ子二人の落語会だったので、三階席までぎっしりのお客様で熱気にあふれていた。私は中学生の時に、初めて寄席に連れて行ってもらったのだが、若い噺家がするりと羽織を脱ぐシーンを見てどきどきしたものだ。その頃の夢之助は本当にかっこよかったのだ。
小遊三の出囃子は「ボタンとリボン」会場から手拍子が沸く。かなりのハイテンションで笑点の話をふるのはお客サービスだが、歌丸師匠の釣り好きの話から、「野ざらし」に入るところはさすが。お調子者の八五郎が川でサイサイ節の替え歌を口ずさみつつ、自分の妄想にはまり込んでいくところなど本当に面白かった。
楽太郎の「町内の若い衆」は、やや器用にまとめた感じ。でも安定感はさすがだなあと思う。
たっぷり笑って表に出ると、高津峡から吹き上がる川風に桜のつぼみがゆれていた。

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帆立三昧

 春潮に揉まれし帆立届きけり

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北海道に住む義妹から、新鮮な帆立貝がどさりと送られてきた。
一昨年前、住み慣れた東京を離れて家族で移り住んだのだが、スローライフを楽しんでいるようで安心している。
「市場が近いし、もう信じられない安さなの。ご近所からお野菜はいただくし、ほとんど食費がかからないのよ。」
おかげで我家も、新鮮な魚介類の恩恵を受けている。

濡れている貝にナイフをぐっと差し込んで、上の部分を切り離し殻をはずしてゆくのだがこれが結構難しい。ちょっと指を差し込んだとたん、猛烈な力で貝の蓋が閉じる。まさに格闘技の世界だ。黒い部分を捨て身とヒモを分けておく。今日は夫は出張で、義母と二人きりなのでパスタにしようと意見が一致!芽キャベツをさっとゆでて、帆立とあわせてクリームソースを作る。数枚は殻つきのまま、チーズを振ってオーブンへ。

磯の香りに包まれながら、遠い地の春を思った。


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やよいひめ

春摘みのいちごの吐息手に受くる

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わたしはおいしいものを見つけると食べ続ける癖がある。今は「やよいひめ」がお気に入りだ。
先日、赤城路を車で走っている時に偶然見つけた直販所で、はじめて「やよいひめ」を試食させてもらった。みずみずしさのあとに、上品な甘さが口の中に広がる。今までの甘ったるいいちごのイメージが吹き飛んでしまった。
裏手にあるビニールハウス見学させていただいた。整然と並んだ緑の列。その葉陰にひっそりと苺が色づいていた。外を吹きあれる風の音も遮断された静かな世界。いちごの吐息がきこえてきそうだ。

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雛の宴

奥の間に日差し届けり雛の宴

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毎年2月になると奥の座敷を念入りに掃除して、6段飾りの雛を飾っていた。飾り終わると神妙に正座をしてお雛様を見上げていた小さな娘の後ろ姿を思い出す。高校受験あたりから、お雛様どころではなくなり、雛は納戸の奥深くしまいこまれてしまった。
今年は畳替えをしたので、久しぶりに飾ろうかという気分になったが、春一番に続く雪の襲来でモチベーションが下がってしまった。座敷に座ってぼんやりと茶箪笥を見ていたら、小さな干菓子の箱が目に入った。蓋を開けてみると、赤いフェルトにくるまれた小さな土雛が入っていた。いつだったか陶芸が趣味の友人が作ってくれたものだ。こんなところにしまってあったなんて・・・菓子の箱を台にして飾ると、雛はあどけない笑みを浮かべた。娘を持たない彼女はどんな思いでこれを作ったのだろう。

夕方、義母と一緒にちらし寿司を作る。お重に寿司飯を入れ手作りのおかかでんぶをたっぷりと敷く。下味をつけた、人参、うど、しいたけ、蓮根、薄焼き卵、みつば、仕上げに紅しょうが散らすと、花が咲いたようだ。
春がくるんだなあという思いが湧きあがってくる。

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二月尽

二月尽ぐらりと電車動き出す

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ホームに停車している二両編成の電車には、誰も乗っていなかった。車中には午後の明るい日差しが踊っている。シートに深く腰をおろすと、おだやかな気分になった。やがて買い物帰りらしい熟年のご夫婦が乗ってきた。静かにドアが閉まり、電車がぐらりとゆれて走り出した。車窓には赤城山麓ののどかな風景が広がる。目を閉じているとなんだかなつかしい気分になる。最近、この電車が都心を走ってきた京王線や井の頭線の払い下げだという事がを知った。昔私が利用していた可能性も高い。どうりでなつかしいはずだ。

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野梅

ひと恋しさは野梅の白に似し Photo

昨秋から参加していた『写真俳句ブログ』を閉じた。親しくコメントをやりとりしていた仲間に、何も告げずに去ってゆくことは忍びなかったが、考えに考えぬいた結論だったので、黙って消えることにした。退会のボタンをクリックすると、一瞬で私のページが消えた。半年間の写真も俳句も嘘のように消えてしまった。体中の血が抜けきったような感じで、しばらく思考が停止してしまった。

しかし幸いな事に翌日から取材が続き、その対応に追われているうちになんとか落ち込まずにすんだ。そして今、マイブログを覗くと、誕生日のお祝いコメントに気づいた。涙がどっとあふれてきた。句縁というもののあたたかさが身にしみた。みなさん、ありがとうございました。

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誕生日

誕生日金色の蝶飛び立たす

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2月26日。わたしの誕生日。花もワインもいらないな。雪晴れの空に飛び立つ金色の蝶の群れが見たい。

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明日へ

福寿草明日を信じてみたくなる

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昨年、庭木を植え替えようと、福寿草があることを忘れてさんざん土を掘り返してしまった。
二度と見られないものとあきらめていたが、とけ出した雪の中にぽつりと黄色いものが見える。
近づいてみると、それはまぎれもなく福寿草だった。一瞬、声もでなかった。


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キャベツ畑で

キャベツらの押し合いへし合い春の雪

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夕方になるとようやく雪もやんで、空も明るくなってきた。路面の雪も溶け出してきたので、車で買い物に出かける。帰りに山の写真でも撮ろうと、コースを変更したのだが、赤城山は分厚い雲の中に隠れていた。雪に覆われた田の中では、行き場をなくした寒雀がかたまっていた。畑の中では雪の重さでひしゃげたキャベツが一面に広がっていた。雪で身動きがとれなくなってもがいているようにも見える。外側の葉は紫色に変わっていて、浮き上がった葉脈に水滴がついていた。なんだかけなげで「がんばれ」と声をかけたくなった。

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春雪

春雪や過ぎ来し日々は美しく

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カーテンを開けると、一面の雪だった。
昨夜はかなり遅くまで起きていたのに、雪の降る気配さえ感じなかった。雪が降る前の空気がぴいんと張り詰めてゆく感じとか、かすかな音だとかそれがまるでなかったので、なにか不意打ちをくらったようで、しばらく立ち尽くしてしまった。
首からカメラを下げてコートで包むようにしながら通りを歩いた。街路樹がみるみる真っ白になってゆき、通りがかった人の背中もあっという間に白の世界に消えていった。川に向かって歩くと見慣れた風景も一変して、なんだか遠くへ来たような気分になる。住宅街を過ぎると、川に続く小道がある。子供たちはここを「秘密の道」と呼んでいていた。白い花弁のように、川面に降りしきる雪を見ていると、いろいろな思いがよぎっては消えていった。

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