かまど

四万温泉に来たのは十数年ぶりだろうか。
遠縁にあたる家には、すごい蕎麦打ち名人のおばあちゃんがいて、毎年大晦日になると蕎麦を取りにきていたのだ。高い山々に囲まれたすりばちのような村。大きな瓦屋根の家はどのあたりだったろうか。
家の中には広い土間があり、囲炉裏を囲んで家族がお茶を飲んでいた。日本の原風景のようだと思った。
すこし離れた板の間で、真っ白な割烹着をかけたおばあちゃんが蕎麦打ちの道具を広げていた。使い込まれた麺鉢の中で、蕎麦粉が丸くまとまってゆく。つなぎは山ごぼうの葉を蒸したもので他には何も入れない。
「蕎麦が風邪ひかねえように。」皺の刻まれた手でぬれたふきんをかける。たんたん、とん、たんたん、とん、軽やかなリズムで蕎麦を広げて畳み、四角い包丁でとんとんと切ってゆく。何時間見ても見飽きない見事な手さばきだった。

おばあちゃんが亡くなってから、この地を訪れることもなくなっていたが、すりばちのような村と、エメラルドグリーンの川の色はあの日のままだった。川沿いの道をゆっくり歩いていると、古い民家の軒先に「手打ち蕎麦」の看板が下がっていた。引き戸を開けると中はひんやりとしていて、人の気配がない。しばらくすると、奥からおばちゃんが出てきた。
「お蕎麦を食べさせていただけますか?」
おばあちゃんは、申し訳なさそうな顔をして、
「すみませんねえ。あたしも年なんで去年で蕎麦屋はやめちゃったんですよ。」と言う。
立ち去ろうとした時、薄暗い台所の奥にかまどが見えた。
子供の頃に見たことのあるタイル貼りのかまど。今も残っていたんだなあ。
「わあ、珍しいですねえ、「ちょっと写真を撮らせていただいてもいいですか?」
「どうぞ。」
今は使われていないらしく、釜の蓋の上には雑物が置かれている。
しかし、ファインダーを覗いているうちに、ちろちろと燃える赤い火が見えた気がした。


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冬山路

伊香保の温泉街を抜けて山道に折れると、凍りついた路面にハンドルをとられそうになった。慌てて車をわき道に停め、源泉を目指して歩くことにした。このあたりは「湯元通り」と呼ばれ、私が伊香保で一番好きな場所だ。
しばらく歩くと残雪を縫うように流れるひとすじの川が見えた。鉄分の多い源泉が川岸を赤く染め上げている。
かつて夢二が投宿した古いホテルが見える。源泉まではあとわずか。
ひっそりとたたずむ万葉の歌碑があった。

上毛野 伊香保の沼にうゑこ水葱
  かく恋ひむとや種求めけむ

(上毛野の伊香保の沼に植えた子水葱の成長をこんなに待ち望んでいるように、
私の心を乱している、このような恋焦がれの種など初めから求めるべきではなかった)

伊香保には万葉の歌碑が8つあると聞く。時々浮遊している「言葉」を感じるのもそのせいかもしれない。

源泉の近くには露天風呂がある。今まで看板だけは見かけたがどこから入るのかよく判らない。きょろきょろとあたりを見回していると、受付の奥から中年の女性が顔を覗かせた。
「源泉はいいですよ。入ってみませんか。」
「でもタオルもなんにも持たずに来たんですけど・・」
「タオルなら売ってますよ。」

ピンクのタオルを手に、渡り廊下を進んでゆくと小さな東屋が見えた。ロッカーが二つ。その前に小さな椅子が1脚置かれているだけで囲いも暖房もない。まさかここが脱衣所・・あたりを見回しても他にそれらしき建物もない。目の前には竹垣でぐるりと囲まれた小さな湯殿があり、「あつ湯」「ぬる湯」二つに分けられている。やはりここで脱ぐしかないようだ。寒風に身を縮めながら洋服を脱ぎ石畳に降りる。背中からぞくぞくと冷気が上がってくる。かけゆ湯をしてあわてて湯船に飛びこんだ。瞬間、全身が浮き上がるようにあたたかいものに包まれた。「ふわ~」産湯に浸かった赤ん坊のような声をあげてしまった。

かすかな川音のほかには音らしいものがない。温泉にはわたし一人。なんて贅沢なんだろう。隣の「あつ湯」に移動したが、体が十分にあたたまったせいかさほどの熱さではない。タオルを肩に巻いて半身浴をする。頭上でチッチッと枝移りする鳥の声が聞こえる。何度か繰り返しているうちに、背後から数人の客が入ってきたのでようやく上がる気になった。

外に出ると、風の冷たさも忘れるほど体があたたまっているのが判る。
額から汗が滲んできて、ハンカチで何度も額をぬぐいながら山道を降りた。

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番猫

猫の耳ぴくりと動く寒夜かな

今日は家族で半日家を留守にしてしまった。
こんなに長時間、置き去りにされたエレニは、さぞかし動揺していたことだろう。
薄暗くなった部屋に駆け込んで、「エレニ」と呼んでも返事がない。
あちこち見回していると、なんとソファの片隅の毛布にもぐって寝ていたらしく
首だけをちょこんと出してこちらを見た。テーブルの上を荒らした形跡もない。
エレニが家に来てはじめての晩、私が添い寝をしたソファがお気に入りで
他の部屋では落ち着いて眠れないらしい。結局ここが定位置になってしまった。
「立派な番猫だね。たいしたもんだ。」義母が言う。

なんとなく寝付かれない夜、階下に降りるとエレニの片耳がかすかに動く。
薄目を開ける時もあるが、「おやすみ」と言うとまた目を閉じる。
モノトーンの部屋の中で、そこだけ明かりが灯っているようだ。
なんだかおだやかな気持ちになってわたしはまた寝室に戻る。

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風花

風花に身を晒したき日のありぬ

デジカメの画像を整理しようとすると、なんだか様子がおかしい。データが破損しているらしく、どうしてもアップができない。中には成人の日の次男のスナップが入っている。式典に行く前に玄関先で撮ったものだ。これだけは、写真屋さんで大きく伸ばしてもらおうと、入れっぱなしにしていたのだ。頭が真っ白に・・・
前にも一度データを消去してしまった時に、修復してもらった写真屋さんを思い出してそこへ直行することにした。店主は柔和な中年の男性で、笑顔で引き受けてくれた。しかし1時間後に行くと曇った表情で、今回はどうしても修復ができないという。一晩預からせてほしいという言葉を信じていたが、やはりダメだった。
カードは壊れやすいのでバックアップをとらなければと思いながら、今回は写真屋さんで伸ばしてもらおうとそのまま放置してしまった。よりによってなんで一番大切な写真を・・・悔やんでも遅い。

次男にメールするとさして落胆もせずに、スーツを着た時に友人に撮ってもらうからいいよという。わたしは年中、こんなポカをやるので子供達もなれっこになっているのかもしれないが・・なんだか、ひどく落ち込んでしまった。
あの朝の唇を引締めた次男の表情と、ファインダーを覗いていたわたしの思いも一瞬にして消えてしまった。

窓の外を見ると風花が舞っている。枯れ草が風にもつれあって生き物のようにうごめいている。こういうシーンを前にも見た気がする。

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成人式

風生るる新成人となりて吾子

朝9時。成人式の会場まで次男を送ってゆく。
昨夜遅く帰ってきた彼は、巨大なマッシュルームのような頭で現れた。本人は一応ビートルズを意識していると言うが、どうみてもカケダシのお笑い芸人だ。大学の入学時に作ったスーツでいいよと這われていたので気は楽だったが、一応お祝いなので、白いシャツと黒の細いネクタイとチーフをプレゼントしたら無邪気に喜んでいた。
会場に着くと、エントランスホールには、華やかな和服にふわふわと白いショールを巻いた女の子達が蝶のように群れていた。その脇で黒いスーツでぼそぼそと話をしている男の子たちとの対比が面白い。高校の同級生の女の子のお母さんに会う。1年も前から着物を予約して、昨年の夏には前撮りを済ませたのだという。そして今日は、朝6時から美容院で着付けを済ませ・・聞いているだけで圧倒されてしまった。我家は長男も長女も式典はパスだったし、次男もこの調子なのであまり感慨が湧いてこない。

2ヶ月位前に、テレビで「新日本人」という特集をやっていた。最近の若者は、お酒を飲まず車にも興味がない。こつこつと貯金をして、たまに国内旅行をするのだという。バブルの崩壊や厳しい現実を見せ付けられ、等身大の夢しか描けなくなっているのだろうか?くったくなく笑う新成人を見ながら、さまざまな思いがよぎった。

会場を取り巻くように桜並木が続いている。4月には空を覆うように桜の花が咲く場所だ。
枯れつくしたように見える木々に中には、熱い生命が息づいている。


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餅を焼く

ひとりごと増えたる今朝の餅を焼く

まだ小学生だった長女は、七輪で餅を焼くのが好きだった。
餅がふくれあがって僅かに焦げ目がついたところで、
小さな手でくるりとひっくり返す。そのタイミングが絶妙で
うまいねとおだてると、その気になっていくつも焼き続けていた。
こんがり焼けた餅に醤油をつけて再び網に載せると、
じゅじゅっと音がして焦げた匂いが鼻をつく。
それをすばやく海苔にくるんで食べるのを教えたのはわたし。
お雑煮の前の、イントロのような餅を二人でほおばると
しみじみと幸福な気持ちにつつまれたものだ。

義母は買い物に出かけ、子猫も気持ち良さそうにソファで寝ている。
ちょっと小腹がすいて冷蔵庫を覗くと餅が何枚か残っていた。
七輪にはまだ炭が残っている。餅を焼いてみようと思った。
しかし火力が足りないのか、なかなか焦げ目がつかない。
しばらく見ているうちに、気持ちがしぼんでしまった。

ひとりで餅を焼くというのは、なんだか寂しいものだ。


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七草粥

目を閉じて七草粥をすすりけり

朝の食卓に、湯気をたてながら七草粥の椀が並ぶ。
淡雪のような粥の白さの中に、鮮やかな緑が広がっている。
粥を一口すすると、だらだらと怠惰な時間を過ごした体の中に
清らかなものが降りてくる気がする。

昨日は、義父の命日だった。
午後から義母と二人で墓参に行った。
墓所には人影もなく、霜柱に押し上げられた土が日にさらされて
樹皮のようにぺらぺらとめくれ上がっていた。
わたしが墓石に水をかけ、義母が白い菊を手折って花立てにさす。
「あっという間に、二十年もたっちゃったねえ。」
義父が亡くなった翌月、生まれ変わりのようにこの世に生を受けた次男も
もうすぐ成人式を迎える。本当に早いものだなあ・・・

帰り道は、少し遠回りをして車を走らせた。
青くなだらかに裾野をひいた赤城山は、一年で一番美しいと思う。

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ソーダブレッド

わたしの朝食は、パンとヨーグルトとコーヒーという、きわめてシンプルなものだ。
ただしパンにはこだわりがあって、全粒粉の素朴なパンを選んで買ってくる。
しかし、ふわふわと弾力がなかったり甘すぎたりと、なかなか気に入ったパンに出会えないのが悩みだった。
ナイフがやっと入るような固めのパンをスライスして、ゆっくり噛みしめる・・これが理想のイメージ・・

昨年、ネットを通じて「ソーダブレッド」というアイルランドのパンのレシピを教わった。
文字通り重曹を入れたパンで、面倒な発酵がいらないと聞いて作る気になった。
ボールにヨーグルトと刻んだドライフルーツやナッツを入れる。
強力粉と全粒粉を半々、砂糖、塩、重曹とBPを少々入れてまとめるだけ。
これを190℃のオーブンで30分ほど焼けばいい。
最初はあまりの簡単さに大丈夫かなと不安になったが、
生地はオーブンの中でみるみる膨れ上がり見事なパンが完成した。
表面は褐色に焼きあがり、ナイフを入れるとしっかりした手ごたえがある。
焼きたても美味しいのだが、翌日はしっとりと味がなじんでこれもまたいい。

アイルランドといえばエンヤの故郷だと気がついた。
彼女の曲を流しながら、またパンを焼こう。

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子猫が来た その2

子猫の名前はなかなか決まらない。
義母は「おちびちゃんでいいんじゃない。」と言うし、
娘は「あんまりお安い名前はやめてね。」と言う。
わたしは「小雪」がいいと思うが、周囲の評判はいまひとつ・・
考えあぐねて、夕食の時に夫にも聞いてみた。
「猫の名前が決まらないんだけど・・・」
「・・エレニなんてどうですかね。」思いがけず、答えが返ってきた。
「ギリシャ語では、花子さんみたいにポピュラーな名前だよ。」
「エレニ・・エレニ・・響きもいいね。」全員一致で決まった。
しばらくして、夫はぽつりと言った。
「昔、エレニの旅っていう映画を見たことがあるんだ。感動したな。」
旅芸人の記録と同じ監督の作品だという。
映画好きの夫の青春の日々が重なってきた。

子猫に命名してからというもの、夫の様子が少しずつ変化してきた。
帰宅すると真っ先に「エレニは?」と聞く。
そしてある日、小さな紙袋を手に帰ってきた。
中にはピンクのねこじゃらしの玩具が・・・
思わず義母と顔を見合わせてしまった。
「いやあ、ねこの動きが案外面白いんでさ、高速度撮影をしてみようかと思って。」
なるほど、そういう視点か・・・
でもまあ、あんなに猫を毛嫌いしていたヒトが、変われば変わるもんだなあ・・・
早速娘に電話をすると、
「そう、よかったじゃない。」と言ったあとで、
「お父さんもトシだね。」と付け加えるのを忘れなかった。

一匹の子猫が、我家に新しい風を運んできてくれた。

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子猫が来た その1

この春から東京の大学院に進学する長男は、アパートが見つかったと早々と引っ越しを決めた。
取り残されたのは、82歳の義母と、団塊の世代の夫と、アラフィーのわたし・・
「これからは、老境3人組で頑張るよ。」娘に電話をすると、
「・・なんか、わびしいねえ、猫でも飼ったら」と言う。
わたしは子供の頃にずっと猫を飼っていたので、それも悪くないと思うが、
ネコアレルギーの夫は「オレはいやだね。」とにべもない。

年末も近くなった夕方、買い物から帰ると、いつもキッチンに立っている義母がソファに座りこんでいる。
具合でも悪いのかと近づくと、泣きそうな顔でわたしを見上げた。
「たいヘなことになっちゃったんだよ~」ひざの上でなんと子猫が眠っているのだ。
「どうしたの?」
「それがさあ、Sさんがいきなり連れてきちゃったんだよ。もう動けなくなちゃって1時間もこのまんま・・・」
Sさんは近所に住む義母の友人だが、親戚が野良猫の子を9匹も面倒を見ているという話を聞き
「一匹もらおうかな。」と何気なく言ったところ、すぐに連れてきたのだという。聞けばその猫たちは餌だけは食べにくるものの、普段はダンボールの中で集団生活をしていて警戒心が強いのだとか。その中に一匹だけひとなつっこい子猫がいてそれを連れてきたのだという。やがて子猫は薄目をあけてわたしを見た。白毛だが尻尾だけが縞々。頭の上に丸いぶちがあるのがご愛嬌だが、目やにをいっぱいためて鼻のあたりをぐしゅぐしゅさせている。抱き上げてみると酸っぱいような異臭が漂う。肛門の回りの毛に下痢便がついているのだ。
「おばあちゃん、この猫、病気みたいだよ。」
「あらそう、それでおとなしいのかね。」
わたしは子猫をタオルでくるんで、近くの動物病院へ向かった。

ドアを押すと、丸椅子が二つ並んだだけの待合室があり、戸の隙間から白い診察台が見えた。中から白衣を着た年配の女性が出てきた。事情を話すと子猫は診察台に乗せられ、肛門に体温計をつきたてらた。「ふぎゃん」と哀れな声が響いた。
「どうやら回虫がいますね。」先生はわたしに青いゴム手袋を渡すと、
「今から注射をしますからしっかり押さえてくださいね。」と言う。
猫は必死にもがきながら、ゴム手袋に爪を立てている。
「ハイ、おかあさん、しっかりおさえて!」
いきなり「おかあさん」と呼ばれてどきりとした。
注射が終わり抱き上げると子猫はまだ震えていた。飲み薬を渡されて説明を受ける。
生後3ヶ月くらいでメスだという。
「ねこちゃんの、誕生日を決めてあげましょうね。」
わたしの目を見ながら先生が言った。
「誕生日を決める。」という言葉が胸に沁みてきた。
「それでは、8月30日でお願いします。おばあちゃんの誕生日と同じで。」
先生は笑った。
「名前はあるの?」
「いえ・・まだ。」
「そうですか、それじゃ決まったらすぐ教えてくださいね。」
外に出ると薄暮の空が広がっていた。子猫は少し落ち着いたのか、わたしの腕に身を任せている。

6時過ぎに夫が帰宅。わたしが子猫を抱いているのを見ると、「おっ」という表情をみせたが、思ったほど嫌悪感のある表情ではなかった。その夜夫は忘年会だが、早めに切り上げるから迎えに来てほしいという。いつもならしぶしぶのわたしだが、今日は快諾。まあそれには理由が・・
そして2時間後、ほろ酔いで上機嫌の夫にさりげなく、
「ねこ砂とかもろもろを買わないといけないんだけど・・・」と告げる。
量販店のペットコーナーで、猫砂、トイレ、シート、キャットフード・・超スピードで買い物をしてレジに向かおうとした時、棚の上の真っ赤なキャットハウスが目に入った。中にはあたたかそうな白いクッションが敷いてある。それもカゴに入れる。支払いをさせられた夫は「タクシー代より高くついた。」とぼやいていた。

子猫の前に赤い家を置くと、一瞬怪訝な顔をしたがすぐに中に入って行った。あたたかさにほっとしたのか毛づくろいを始めている。わたしもようやくほっとした気分になりソファに腰を下ろす。いきなり抱っこして寝てもお互い気疲れるするだけだろうし、数日はここで添い寝をしようと思う。
明かりを消すと闇の中で、子猫が小さく鳴いた。

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わが家の雑煮

三代の嫁に継がれし雑煮かな 

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我家のお雑煮は、関東田舎風。拍子木に切った、大根、人参、ごぼう、しいたけに加え、鶏肉、油揚げ、かまぼこ、そして決めては油菜という具沢山な汁。炭火でこんがり焼いた餅との絶妙な味は、ついついおかわりしたくなる美味しさだ。義母はこの家に嫁いだ時、こんなにおいしいお雑煮があるのかとびっくりしたと話すが、おすまし仕立てのシンプルな雑煮で育った私も驚きは同じだった。
結婚してはじめてのお正月。雑煮の椀を前に義父は目を細めながら言った。「おふくろの里の雑煮を女房が引き継いだんだ。考えてみると結婚ていうのは文化の融合なんだなあ。」その二人亡き後も正月は巡り、我家の雑煮の味は変わることがない。この味を継承しなければと、わたしはちょっと殊勝な気持ちになる。

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食卓の時間

大掃除をしていたら、義父の13回忌に編んだ冊子が出てきた。
自分の文章を読みながらなつかしさがこみ上げた。
流れるように過ぎた歳月と、食卓に刻まれた時間と・・
長い間ブログを閉じていたが、また日々の思いを綴ってゆこうと思う。

食卓の時間」

午前5時。階下に下りると義母は七輪で炭をおこしていた。
「あれえ。珍しいねえ。どうしたの?」
「うん。なんとなく寝そびれちゃって・・」
ぱちぱちと炭の爆ぜる音が、朝の空気を震わせている。
やかんのお湯が勢いよく湧くと、義母は慣れた手つきで
コーヒーを落とし真っ白なカップに注いだ。
そして小さなトレイにカップをのせて仏壇に運び、
しばらくの間、手を合わせていた。
「毎朝、おじいちゃんにコーヒーを淹れてるの?」
「そう。あの人、近所の喫茶店にマイカップをおくくらい
コーヒーが好きだったじゃない。だから。」
いつも元気いっぱいで働き者の義母の、聖なる時間を見たような気がした。

我家の食卓は、義父が製図をして職人さんに作らせた自慢の品だ。
8人は座れる大きさなので、料理の下ごしらえをするのにも便利で、
新年会や人寄せの時にも活躍してきた。食事の支度をしていると、
三人の子供達が「お手伝い、お手伝い」と言いながら駆け寄ってきた姿を
なつかしく思い出す。
今朝のみそ汁は、じゃがいも、茄子、いんげん、かぼちゃ、茗荷と具沢山だ。
一口すすると、野菜の甘味と味噌のふくよかな香りが胸のあたりまで降りてきて、
しみじみとした気持ちになる。
「これはおばあちゃんに教わった味なのよ。本当においしいよねえ。」
進学を機に長女は東京で、長男は長岡で暮らすようになった。
義父の生まれ変わりのように誕生した次男も高校生となり部活に追われている。
家族全員で食卓を囲む時間も少なくなってしまった。
しかし、義母は毎日精力的に料理に向かっている。
カレー、花豆、山菜おこわ、・・手作りのお惣菜を食卓いっぱいに広げ、
こまめにパックしては遠方の親戚や友人に送る。それが生きがいなのだ。
義父がこの状況を想像したか否かは定かでないが、
「しょうがねえな」と笑いながら見ているに違いない。

食卓に刻まれた時間は、これからも家族をひとつにつないでくれだろう。


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桑の実

桑の実に染まりし指の記憶かな


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子供の頃、近所には桑畑が広がっていた。梅雨明けの頃になると、風の中に甘く熟した果実の香が混じって流れてくる。母親から、あれは食べられないと聞かされていたので、いつも息を止めるような感じで木の脇を潜り抜けていた。ある日、一人の男の子がその実をもぎとって食べているのを見た。ちょっと陰気な感じで友達の少ない子だった。「それ、食べないほうがいいよ。」と言うと、びっくりした顔で走り去ってしまった。
翌朝、その子は青紫色に腫れあがった唇で学校に来ていた。わたしは、心臓が止まりそうになった。悪い病気で死ぬのではと思った。先生が、「お前すごい顔になったなあ、どどめなんか食べるからだぞ。」と言うと、ぺろりと舌を出した。その舌も青みがかっていた。「どどめ」という俗称も不気味に思えた。

ある年、夫がどこからか桑の実を摘んでできて、ジャムを作ると言ったときにはドキリとした。採取した実をざっと洗ってから、一粒一粒軸を鋏で切り落とすのだが、これがけっこう手間のいる作業なのだ。鍋に入れてグラニュー糖をまぶしてしばらく置くと全体が色づいてくる。木じゃくしでゆっくり混ぜながら煮ていると、キッチンには甘い香が立ち込める。仕上げにペクチンを入れると木じゃくしが急に重く感じられどろりと固まった。できあがったジャムをひとさじすくってなめてみると、わずかな酸味と上品な甘さが広がった。
それは子供の頃に見た、悪い夢のようなイメージとは遠くかけはなれたものだった。

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百万の蛙に闇を奪はるる

今年は例年になく、蛙の声がにぎやかだ。闇の中から沸きあがる大合唱に眠りを妨げられるほどだ。
昨夜のバラエティ番組で、世界中の蛙の声を採取し、「かえるのうた」を歌わせるという馬鹿馬鹿しい企画をやっていた。しかし女芸人達が必死の形相で蛙にマイクを突き出している姿が涙ぐましくて、結局最後まで見てしまった。採取しやすいのは「ファ」最後まで苦戦していたのが「ド」なんとか5音を集めて、メロディらしきものにはなったが、期待してたほどのデキではなかった。
今年は「国際蛙年」だという。蛙の声が、人間の愚かさをあざ笑っているように聞こえるのは気のせいか。

(これは庭に遊びに来ていた雨蛙)

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初夏

初夏のみずいろの風存分に

先月、女ばかり4人で北軽井沢に遊んだ。
友人の会社で契約しているリゾートホテルなので、すべてお任せの気楽さ。軽井沢駅に集合して迎えのバスを待つ。むせかえるような緑の中に、シックなホテルが現われた。ロビーには大きな暖炉が置かれ、ヨーロッパに居るような気分だ。チェックインを済ませてから、中庭から客室に続く長い通路を歩く。木漏れ日が足元に踊っている。木立の中にわずかに見える、山つつじの朱が美しい。

解き放たれた夏蝶のように女4人の足取りは軽い。

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十字草

十字草傷舐める癖かなしけれ

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俳句は好き。でも俳句をとりまく環境が嫌い。それで時々、俳句から離れたくなる。でもやっぱり戻ってくる。もう何十年もその繰り返し・・・
でもこの間、NHKT・Vで芭蕉の特集を見て、かちっとスイッチが入った。なぜ俳句を選んだのかという基本的なことに気づかされたというか・・・今日からまたぽちぽち、アップしていこう。
でも、写真がないな~・・・あ!これでいいや。子供の頃から好きだった白い花。十字草(どくだみ)


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春鴨

春鴨を見続けているだけの午後


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ようやく花粉症から開放され、ちょっと遠出がしたくなった。目指すは、あこがれのボタニックガーデン。
実は先週、はじめて家族で訪れたのだが、夫があまり興味を示さずさっと見たのが心残りで、いつか一人でのんびり歩いてみたいと思っていたのだ。でもまさかこんなに早くとはね・・・
百花繚乱の花壇を過ぎて、まっすぐに庭の中央へ進む。大きなしだれ柳。これが見たかったのだ。岸辺に黄色のリュウキンカが咲き、池には睡蓮の葉が浮かんでいる。イギリスの庭園を模したものらしいが、なつかしい思いになるのはなぜだろう。
赤い煉瓦の橋を渡ると、岸辺には二羽の鴨がのんびり日向ぼっこをしていた。わたしが近づいても身じろぎもせず、やがて羽づくろいをはじめた。もう会話のいらなくなった、熟年の夫婦にも見える。

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花の宴

うす青き桜を見上げ居たるかな

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花見句会の会場は高崎公園の桜の下。青いビニールシートが敷かれて、すでにメンバーが数名が集まっていた。ひろそ火俳句会のメンバーは、いずれも酒豪揃い。座の中央には、「越乃寒梅」の一升瓶がすっくと立っている。挨拶もそぞろに、紙コップが手渡される。花冷えに震え上がりそうな体に、お酒がすっとしみこんでくる。
公園には明るい花々が溢れ、時々噴水が噴き上げている。群れ遊ぶ鳩達・・句材が多すぎてまとまらない。

ちょっと酔い覚ましにコーヒーでも飲もうかと、公園の脇道を歩いていたら、ちょっとおしゃれな店があった。しかしコーヒー屋さんではなく、ジャズが流れている居酒屋さんだった。カウンターに座って、「緑川」をお燗にしてもらう。かごに盛られたさまざまなぐい飲みから、お好きなものをと言うので赤い切子を選ぶ。一人で飲んでいるのももったいなくなって、陶句郎さんに電話をすると6名も集まってきた。「いいお店ですねえ。ここでミニ句会をやりましょう。」という流れになり、短冊に3句ほど書いて回した。
ここから、わたしの記憶は切れ切れになっている。
本句会の会場は、呉服屋さんのお座敷だったのだが、どうやって歩いて行ったのか思い出せない。気がつくとロビーのソファで仮眠していて、肩には羽織がかけられていた。オーナーさんの配慮だったようだ。座敷に戻ると句会は終わっている。中座して帰ってこなかったらしい。みんなが心配してくれたが、ひどくバツが悪かった。

かつては蔵元の舟口から、しぼりたての酒を飲んでいたこの私が、あれしきで酔ってしまうなんてショック・・・
桜には魔物が棲んでいるとしか思えない。


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水芭蕉

水芭蕉神々の息深きかな

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ほの暗い林の中の木道に沿うように、白い花群れが見える。まるで、天から舞い降りて羽を休めている水鳥のようだ。見つめていると、あたりの音はすべて消えて去ってしまう。

昨年の初夏、カタクリが自生する場所があるときいて、この木道を歩いていたことがあった。すると目の前の湿地の中にうごめく人影がある。灰色の作業着を着た初老の男性が、泥にまみれながら水芭蕉の苗を植え替えているのだった。仕事を辞めてから、ボランティアで世話をしているのだという。たった一人で黙々と作業を続けていた姿は、敬虔な使徒のようにも見えた。

夢見るように、水芭蕉が咲いている。

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木の椅子

木の椅子に春の時間のありにけり

昨日は句会。会場となった高崎哲学堂は、群馬交響楽団の創始者であり、ブルーノ・タウトの庇護者としても有名な、故井上房一郎氏の旧邸。設計は、帝国ホテルをはじめ数々の日本の近代建築を手がけた、アントニー・レイモンドの手によるもの。現在は「高崎哲学堂」として市民に公開されている。ビルの谷間に残された聖地のような庭に白梅がひっそりと咲いていた。

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平屋の木造建築は、中庭を挟んで左右に居間や和室が配置されている。柱筋が外壁とずらされた大胆でモダンな設計だ。重厚な木と障子の白が上品な空間を生み出している。レーモンド・スタイルを偲ぶ貴重な場所だ。


◎しだり雑詠5句
春昼や山鳩の声切れ切れに
白梅の散るだけ散るを見てをりぬ
ドアノブに3秒触れて春惜しむ
命(めい)受けしごと一本の欅立つ
三月の空と破壊と再生と


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«仏の座